昭和寅次郎の昭和レトロブログ

昭和を知らない世代による昭和レトロ、昭和芸能のブログです!

重厚でも希望が湧いてくる!日本映画初の海外映画祭受賞作「羅生門」!時代劇(平安編③)

 

平安時代劇シリーズ第3弾はあの「羅生門」!

 

市川雷蔵さん主演の「新・平家物語」(1955年)

「新源氏物語」(1961年)に続く

平安時代劇映画紹介シリーズ第3弾は

あの黒澤明監督の「羅生門」(1950年)です!

 

(「羅生門」より。左が三船敏郎さん、右が森雅之さんです)

 

前2回は主人公がそれぞれ武士

そして貴族と地位が高い人々を

描いた映画でしたが今回は

ちょっと違います

 

shouwatorajirou.com

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おおまかなストーリー

 

映画の冒頭、土砂降りの雨が降るなか

2人の男がうつむき加減に

羅生門」と書かれた門の下で座り込み

何やら考え込んでいる

1人は杣売り(志村喬)でもう1人は旅法師(千秋実

しきりに「わかんねぇ。さっぱりわかんねぇ…」

と繰り返す

 

そこへ1人の放浪者がやって来る

「なにがわからねえンだ」と問いかけると

杣売りがその「わからないこと」を

語り始める

 

3日前に杣売りが山に薪を切りに行った際に

ある武士の死骸を発見し

すぐに役人に届け出た

それから検非違使庁へ呼び出され

死骸を発見したときのことを話す

 

それから盗賊の多襄丸(三船敏郎

殺された武士の妻・真砂(京マチ子

殺された武士も霊として呼び出され

それぞれが事件の真相を証言するが

どの証言も話が食い違っていて

一体何が真実なのかがわからない

 

果たしてだれの言い分が正しいのか?

 

羅生門の下のシーン。一番左が千秋実さんで右が志村喬さん。真ん中が放浪者)

 

映画の感想

➀ヨーロッパの古典映画の香りがする?

 

私はこの映画を初めて見たときは

古い日本映画を見始めたばかりで

それまでは洋画好き、それも欧米の

クラシック映画からアジア映画まで

いろいろな国の映画を見漁っていました

 

そのときの私は日本映画であるにも関わらず

イタリアのフェリーニ監督

スウェーデンベルイマン監督に通じるような

雰囲気を感じ取りました

 

今回13年ぶりに再見しても

ヨーロッパはどうだろうかと思いましたが

同時代の日本映画とは一線を画している

という印象は変わらなかったですね

 

三船敏郎さんの野性味あふれる独特の演技に目を見張る

 

初見時は三船敏郎さんの演技に衝撃を受けました

それまで見たことのない野性味あふれる演技

まるで猛獣のような雰囲気で

全身で演技をしているような感じがして

「こんな俳優さん見たことない!」と

大きな衝撃を受けました

 

今回見直しても、そのような独特の迫力ある

演技をされる方はほかに見当たらない

唯一無二の俳優さんだと思いました

 

三船敏郎さん(左)と京マチ子さん(右))

 

③新しい発見!土砂降りは効果的な演出!

 

今回見直して新たに発見したことは

羅生門に降り注ぐ大雨は効果的な演出だ!

ということです

 

もし雨の演出がなければ

冒頭で志村喬さんと千秋実さんが

考え込みながら座っているシーンは

無音になってしまい

見る人は退屈してしまうでしょう

 

でも土砂降りの雨音がすることで

「余白」を見事に埋めて

映画の世界へ見る人を誘っているように

感じられました

 

ちなみにこの大雨は黒澤監督の

この門が煙るほどの

土砂降りの雨を降らせてくれ

という指示で、消防車を3台使って

降らせたそうです

 

さすがは完璧主義で知られる黒澤監督ですね…

 

(左の帽子を被った男性が黒澤明監督。一番左の女性はスクリプター野上照代さん)

 

④新たな発見!まさに今の時代にピッタリ!

 

そしてもう一つ発見したのは

時代背景がいまの時代にピッタリくる

ということです

 

映画の冒頭で千秋実さんが

 

戦、地震、辻風、火事、飢饉

疫病、来る年も来る年も災ばかりだ

 

と嘆くのですが、まさにいまの時代

令和にそっくりではありませんか!

 

ウクライナ問題、能登地震、そして

その前にはコロナ禍がありました

 

令和になってから災害や感染症の流行で

どうもいい時代じゃないなぁと

思っていたところで聞いたこの台詞に

思わずドキッとしてしまいました

 

私は昭和が好きなので

特に戦後の昭和の経済右肩上がりの

キラキラした(と私には思える)時代にばかり

思いを馳せていましたが

いつの時代もこの国は災害と隣り合わせ

 

そのような厳しい土地に日本人はずっと

暮らして生き抜いてきたわけですから

長いスパンで考えれば大変な時代はたくさんあり

いまが特別悪い時代ではないかな?

たくさんあった苦しい時代のひとつなのかな?

と思ったらこの令和という大変な時代も

生き抜いていけるのではないか?

という希望が湧いてきました

 

ちょっと大げさでしょうか(笑)

 

この映画のエピソード

➀原作は芥川龍之介の「藪の中」と「羅生門

 

脚本家の橋本忍さんはまず芥川龍之介

「藪の中」を元に「雌雄」というシナリオを書き

それを読んだ黒澤明監督が「ちょっと短い」と

指摘すると、橋本さんは「「羅生門」を入れたら

どうでしょう」と提案して書き直し

それをさらに黒澤明監督が直しを加えて

シナリオが完成しました

 

ヴェネツィア国際映画祭受賞には影の立役者が!

 

この映画は1951年のヴェネツィア国際映画祭

見事グラン・プリを獲得し

敗戦で落ち込んでいた当時の日本人に

勇気を与えたことは有名ですが

この快挙は映画の製作に携わった方の

努力だけではなく、影の立役者がいるのです!

 

という話も、映画通の方であれば

ご存知だと思いますが

そうではない方のために書いておきます

 

影の立役者とは…イタリーフィルムスの社長

ジュリアーナ・ストラミジョリさんという方です

 

ストラミジョリさんはイタリーフィルムス社で

自転車泥棒」や「無防備都市」といった

イタリア映画の名作を輸入して日本に紹介し

イタリア映画のすばらしさを日本に伝えた

これだけでも十分な映画界の功労者です

 

しかしこれだけに留まりませんでした

 

ストラミジョリさんはヴェネツィアから

映画祭の出品を依頼されて「羅生門」を

推しましたが大映に反対されます

 

でもそれでもめげずに自費で英語字幕をつけ

ヴェネツィアに送りました

しかし作品が出品されていたことを

黒澤監督をはじめ関係者はだれも知りませんでした

 

そのため映画祭には関係者は一人も出席しておらず

受賞が決まったときには映画祭側は慌てて

「もうだれでもいいから東洋人探して来い!」

という話になり映画と何の関係もない

アジア人男性がトロフィーを受け取ったとか(笑)

 

グラン・プリ受賞が新聞各社で報じられた日

黒澤監督は多摩川へ釣りに出かけていました

 

黒澤監督はそのころ松竹で撮った

「白痴」が不評で次に大映で撮る予定だった

作品の約束も破棄され、しょんぼりしていました

 

気落ちしたまま帰宅すると黒澤監督は奥さんから

グラン・プリおめでとうございます」と言われ

「何だグラン・プリって?」と反応したそうです(笑)

 

③そのほかにも立役者が…!

 

このグラン・プリ受賞には

ほかにも立役者がいるのです

 

それは大映京都撮影所の方々

羅生門に大雨を降らせた消防車です!

 

実は「羅生門」公開間近の

編集とダビング作業をしていたころ

京都撮影所では2度も火事騒ぎが起きました

 

当時の映画フィルムは可燃性なので

火が燃え移ってしまったら

せっかく撮影した作品も水の泡になるところを

撮影所の人たちが一生懸命フィルムを移動させ

例の消防車が炎を消してくれたのです

 

もし「羅生門」のフィルムが消失していたら…

と思うとぞっとします

 

この映画にはまだまだエピソードがいっぱい!

 

この「羅生門」という映画には

まだまだたくさんエピソードがあるのですが

そろそろブログの適正文字数を

オーバーしてしまいそうなので

エピソードだけの記事を1本書くか

いろいろと思案しております

 

というわけでひとまずは「羅生門」の記事は

ここで終わりにします

 

羅生門」エピソード記事を書くかは

まだ決めていませんが

平安時代劇シリーズはまだ続きます

 

参照:

ドナルド・リチー著 三木宮彦訳『黒澤明の映画』

野上照代著『天気待ち』

日本シナリオ作家協会『日本名作シナリオ選』

2011年12月3日野上照代さんトークショー

 

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