- 戦前の映画は暗くないぞシリーズ第2弾!だけど…
- ストーリーらしいストーリーはない作品けれど
- 興味深いキアロスタミ監督作品との共通点
- ペースがのんびりとした映画
- この映画にまつわるエピソード
- 清水監督はヌーヴェルヴァーグの元祖?
- でもやっぱり戦前はつらいよ…
- ➀身売りされる女性たち
- ②男性たちも大量に失業
- ③貧乏子だくさん
- 昭和の映画は庶民の暮らしを知る最高の教材
- 当時の庶民の娯楽
- ➀レコード
- ②温泉
戦前の映画は暗くないぞシリーズ第2弾!だけど…
以前ここで書いた「戦前は暗い」
イメージを覆す?小津安二郎監督の
「淑女と髭」に続く映画感想第2弾です!
今回取り上げる戦前の楽しい映画は
清水宏監督の「有りがたうさん」
(1937年)です!
(「有りがたうさん」より。左は桑野通子、右は上原謙)
この映画はあの加山雄三さんのお父様で
2枚目の大スターとして戦前から戦後まで
活躍された上原謙さんの主演作で
上原さん自身特に印象に残っていると
仰っている作品です
ストーリーらしいストーリーはない作品けれど
さて本題に入りますがこの映画は
はっきりとしたストーリーがないといいますか
ストーリーに起伏のない映画なのです
上原謙さん演じるバスの運転手さんと
バスの乗客との車中の会話と
伊豆に住む人たちとの交流だけで
ほぼ構成された映画です
ですが面白い映画なのです!
それは会話が面白いからです
「黒襟の女」とクレジットされた
女優の桑野通子さんのカッコいい
気の利いたセリフや切り返し
上原謙さんのとぼけた会話など
随所にユーモアが散りばめられていて
退屈することがありません
またバスの車内から頻繁に
伊豆の山々の風景が映し出されるので
狭苦しさを感じることなく
開放感や自然からの癒しを
感じることができます
(「有りがたうさん」より。中央が上原謙、右が桑野通子)
興味深いキアロスタミ監督作品との共通点
洋画好きの方にはわかるかと思いますが
車中での会話と映し出される
窓の外の風景で構成された映画というと
私はイランが世界に誇る監督さん
故・アッバス・キアロスタミ監督の
作品が思い浮かびます
「そして人生は続く」(1993年)やカンヌ映画祭で
(1997年)などがいい例だと思いますが
舗装されていないイランの田舎の
ジグザグした道を走りながら
車中で会話するのが基本の映画である
というのは「有りがたうさん」と
共通しています
「有りがたうさん」はバスで
舗装されていない伊豆の山道を
走っていきます
キアロスタミ監督は生前
敬意を口にされていましたが
清水宏監督の映画から影響は
ないのでしょうか
しかし調べてもキアロスタミ監督が
清水監督に言及しているものは
見つからないのですよね…
キアロスタミ監督は清水作品を
見ていなかったのでしょうか
気になるところです
「有りがたうさん」にもこのような自然の中をバスが走るシーンが出てきます)
(「有りがたうさん」のラストシーン。まるでキアロスタミ監督のジグザク道みたい?)
ペースがのんびりとした映画
話を本題に戻しますが
「有りがたうさん」はペースが
非常にゆったりとしています
倍速で見られてしまうかもしれません(笑)
しかしこのゆったりとしたテンポも
この映画の醍醐味なのです
上原謙さん演じる運転手さんはとても優しく
住人から何か合図があればバスを止め
言付けを聞いたり頼まれごとを
引き受けたりしてしまうのです
なのでバスの旅はゆっくりになりますし
人と人との繋がりが温かく感じられます
私たち現代人はとかく
時間に追われながら生活しています
パソコンやスマホがあって大量の情報が溢れ
またそういった機器が発達したために
一つ一つの仕事の処理速度が速くなり
業務量が増えています
またネット上での繋がりは多くなっても
対面での繋がりは希薄になっています
そんな忙しない現代だからこそ
ゆったりとしたこの映画の世界観が
何とも心に染み入るのです
いまは誰でも多少なりとも
デジタル疲れを起こしていると思います
そんなときはちょっとアナログの世界に
触れてみてはいかがでしょうか?
この映画にまつわるエピソード
この映画では上原謙さんが本当に
バスを運転していて
ハンドルを切りそこねて
危うくがけから転落しそうになる
というハプニングが起きました
俳優さんが実際に運転するなど
今では考えられない撮影手法ですよね
でも清水監督は作り事を嫌い
「リアル」にこだわったそうです
しかも転落しそうなハプニングを
清水監督は「いいシーンになる」と言って
急遽シナリオを変更して
そのシーンを採用してしまいました!
(上原謙著『がんばってますー人生はフルムーン』を参照)
でものんびりした映画のなかで
そのようなハッとさせられる場面があることで
単調になりすぎない効果が出たと思います
このように清水監督はロケ撮影が多く
シナリオは大まかなストーリーなどを
書くだけであとはその場の思いつきや
インスピレーションで撮ってしまいます
これで洋画ファンの方は
戦後のイタリア映画やフランス映画を
思い浮かべるのではないでしょうか
あとは先述のキアロスタミ監督も
清水監督はヌーヴェルヴァーグの元祖?
戦後のイタリア映画はロケ撮影と
即興的な演出でそれまでになかった
ネオリアリスモと呼ばれる名作を
多く生み出しました
「自転車泥棒」(1948年)や
「無防備都市」(1945年)といった
作品が代表的でしょう
フランスでもヌーヴェルヴァーグという
ロケ撮影などが特徴的な
新たな映画が生まれました
しかし私はそれは清水監督や
小津安二郎監督が戦前にもうすでに
やっていることだと思っています
日本映画が海外で見られるようになったのは
ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を
受賞してからですから
イタリアやフランスの方は
清水監督や小津監督の戦前の映画を
リアルタイムで見ていません
ヌーヴェルヴァーグやネオリアリスモは
フランスやイタリアが始める前に
日本で独自にいち早く起こっていた
とは言えないでしょうか?
これは世界の映画史で非常に興味深い現象で
日本映画のレベルは戦前から高かったことを
証明しており注目に値することです
(映画「自転車泥棒」より。)
でもやっぱり戦前はつらいよ…
しかし楽しい映画であっても
この作品では戦前の厳しい世相が
描かれています
その厳しいとは戦争ではなく
当時の国内の不況=昭和恐慌です
➀身売りされる女性たち
昭和恐慌により1930年代は
未曾有の大不況に見舞われ
農村では娘の身売りが横行したそうです
映画の冒頭で「(女性が)働きに出て
行かなきゃいけないなんて可哀想」という
台詞が出てくるのですがなぜ?と思って
見続けていると身売りであることがわかります
それは可哀想というかゾッとします…
②男性たちも大量に失業
それから失業して都市部?から伊豆へ
帰ってくる男性たちの姿も見られます
信州の方へ仕事を探しに行く
という台詞も出てきて
男性も不況のあおりを受けていました
③貧乏子だくさん
しかし今と違うのはそれでも
子どもがたくさん生まれていた
ということです
しかし映画では
生まれてきても男ならルンペン
女は一束で売られていく
生まれてくるのが可哀想だよ
お悔み申し上げたい気持ちですよ
などという衝撃的な台詞が出てきます
これはいまのZ世代と呼ばれる若者の
考え方と似ているところがあり
興味深いです
収入が低ければ子どもに
楽しい思いをさせてあげられないから
子どもに申し訳なくなるから
子どもは産みたくないという価値観
これは昭和末期生まれのオジサンでも
痛いほどわかる気持ちです
私が驚いたのは戦前でもいまの若者に似た
子どもが可哀想という考えがあった
ということですね
昭和の映画は庶民の暮らしを知る最高の教材
こうした戦前の庶民の暮らしというのは
学校の歴史の教科書ではほとんど扱われず
知らないことが多いですよね
学校の教科書は政治史が中心ですから
しかし映画では映像から当時の空気感が
よく伝わってきますし
台詞などからも暮らしぶりが見えてきます
そういった意味で庶民の生活を
知るうえでは映画は最高の教材と
言えるのではないかと思います
当時の庶民の娯楽
➀レコード
映画では上原謙さんを呼び止めて
今度レコードを買ってきてと頼む
女性が出てくるのですが
それに対し上原謙さんは
「レコード1枚で何人もの人が喜ぶ」
と言います
当時は音楽を1人だけで楽しむものではなく
みんなで楽しめるものだったのですね
それだけ娯楽が少なかったのでしょうね
この映画の舞台は伊豆の田舎ですし
②温泉
映画で「今日は河津へ温泉の団体客が
来ているそうですよ」という台詞が
出てきます
清水監督も温泉が好きだったといいますし
温泉は当時の人の心と身体を
癒していたのでしょうかね
上原謙さんも温泉に入っていたのでしょうか
あ、上原謙さんと温泉というと
このCMをご記憶の方は多いのでは
ないでしょうか
1982年の国鉄のCMで
80年代ですからこのCMを
リアルタイムでご覧になっていた
という方は多いでしょう
懐かしいでしょうか?
しかしそれにしても上原謙さんと
高峰三枝子さんはお二人とも
すごいですよね
何がすごいかといいますと
お二人とも戦前からの映画スターですから
活躍期間がものすごく長いのです!
半世紀ぐらいです!本当にすごいです
というわけで映画「有りがたうさん」について
あれこれ書いてきましたが
途中で深刻な話が出たので
最後は温泉でホッとできる話題を
持ってきました
今回はこれで終わりです
DVDは日本語字幕が付いていますので聴覚障害者の方も楽しめます!