不人気(笑)シリーズ第2弾!
以前、演歌の魅力を普及させるために
美人歌手を紹介して
ビジュアル面から入ってもらおう!
とのことから第1弾記事を書きましたが
やはり「演歌」は嫌われているのか
私の記事の内容が悪かったのか
不人気でした(笑)
でも好きなことを好き!と
発信したいのでめげずに第2弾を書きます
今回取り上げるのは伍代夏子さんです!
ちなみに7月25日は「夏子の日」です!
「伍代夏子の日」制定記念LIVEが開催されました
伍代夏子プロフィール
美空ひばりと同じ魚屋の娘として
伍代夏子さん(本名:山田輝美)は1961年
12月18日に東京都渋谷区に生まれた
実家は魚屋を営んでいて
「ひばりさんだって魚屋だったんだから
お前も頑張れば演歌歌手になれる」
などと祖母によく言われていた
自身も幼少期から歌、とりわけ演歌が好きで
将来は歌手になることを夢見ていた
部屋は好きな歌手のポスターだらけで
などのポスターを貼っていたという
そんな少女だった
スカウトされデビューするも苦労の連続
高校1年のとき渋谷を歩いていると
怪しい男性がきれいなお姉さんたちに
名刺を手渡しているのに遭遇して
「スカウトされたら歌手になれるかも」
と思いその男性の前を何度も往復し
有名な老舗モデルクラブの名刺を貰う
事務所が歌手を探していたこともあり
「歌のレッスンがしたい」と申し出て
1982年に「星ひろみ」の名前で
「恋の家なき子」で歌手デビューを果たすも
数カ月で事務所が夜逃げ同然でなくなり
活動できなくなった
レコード会社が事務員として雇ってくれたことで
働きながら再デビューのときを待っていた
1985年に「加川有希」の芸名で
デュエット曲「夜明けまでヨコハマ」で
念願の再デビューを果たすもヒットせず
翌1986年には「星ひろみ」名義で3度目の
デビューをするもまた成功には至らなかった
"4度目の正直"でようやくブレイク
1987年にはレコード会社を移籍
4つ目の名前「伍代夏子」で
「戻り川」でデビューすると35万枚を売り上げ
日本有線大賞の新人賞を受賞するなど
ようやく成功を手にする
「伍代」の芸名は面接で好きな歌手を聞かれ
答えたことから決まった
1990年の「忍ぶ雨」で初の紅白歌合戦出場を果たし
同番組の通算出場回数は22回を数える
以後もヒット曲を出しながら
座長公演をつとめるなど
演歌歌手として順調にキャリアを重ねる
ほかのヒット曲に「恋挽歌」(1991年)
「雪中歌」(1992年)
「鳴門海峡」(1996年)などがある
歌手としてようやく人気が定着した一方
C型肝炎(1994年)や喉の病気(2019年)を患うなど
特に喉の病気では一時は引退を考えたほど
成功の裏で苦労もあった
1999年には杉良太郎と結婚し
歌手活動の傍ら夫の特殊詐欺撲滅運動などの
社会活動にも参加
自身も2012年に厚生労働省から
「知って、肝炎プロジェクト」の
肝炎対策特別大使に任命され
いまも自身の経験をもとに
肝炎対策を人々に呼びかけている
個展を開くほど写真の才能でも活躍
また写真の腕前にも目を見張るものがあり
2021年には写真展も開いた
現在もinstagramで日々写真をアップしている
歌手生活40周年を迎えた今も精力的に活躍中
2022年には「星ひろみ」名義でのデビューから数えて
歌手生活40周年を迎え
記念シングル「人生にありがとう」
自身で選曲した記念ベストアルバムを発売
喉の病気が回復し復活を印象付けた
(歌手生活40周年記念シングル「人生にありがとう」)
(歌手生活40周年記念ベストアルバム)
2023年には最新シングル
デビュー41年を迎えてデビュー曲「戻り川」
のような「川の歌で原点回帰したい」
との思いで「時の川」を発売
なお2023年には日本記念日制定会が
7月25日が「伍代夏子の日」と制定した
(記念日制定記念キャップ?を被る伍代夏子)
参照:伍代夏子の公式サイト
伍代夏子、波乱万丈の芸能活動40年 デビューからの軌跡といっそう深まる演歌への想い | ORICON NEWS
この記事は後編へ続きます
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